むちうち(頸椎捻挫、腰椎捻挫)
むちうちとは、追突の衝撃などにより、首が鞭のように前方に強烈にしなることで、頸部や上肢等に痛みや痺れをもたらす傷病であり、診断名としては、頸椎捻挫、頸部挫傷、外傷性頸部症候群、外傷性神経根症等と表現されることが多いです。
むちうちを発症する場合には、腰部にも強い衝撃を受けていることが少なくありません。腰椎捻挫により、腰部・下肢等の痛みや痺れを生じる場合も、後遺障害の認定という側面ではむちうちと共通した要素が多いことから、以下同様に論じます。
後ろから車に追突されることが、ライトの光やバックミラーで事前に分かった場合は、身構えますので、比較的症状が軽く済む場合が多いのですが、全く予期しない状態で、時速40~50キロで走行するような車が追突してくる場合は、かなり重い症状が残ることも少なくありません。
自賠責保険における、むちうちの後遺障害等級は基本的に、12級と14級が考えられます。
12級13号
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局部に頑固な神経症状を残すもの
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14級9号
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局部に神経症状を残すもの
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12級と14級の違いは、基準上、「頑固な」という文字の有無に過ぎませんが、実際には12級と14級の間には大きなハードルが設けられており、むちうちで後遺障害が認められる場合でも、その多くは14級に留まっているのが現実です。
後遺障害等級が、非該当か、14級か、12級かで、最終的な賠償額は大きく異なってきます。専業主婦の場合の概算ですが、裁判基準によれば、非該当と14級で約187万円、14級と12級で約450万円異なってきます。
(後遺障害に関する損害)
等級
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慰謝料
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逸失利益
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合 計
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12級
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290万円
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383万円
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637万円
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14級
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110万円
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77万円
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187万円
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非該当
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0円
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0円
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0円
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このように等級の違いは、最終的な賠償額に大きな影響を与えますが、等級認定という場面においては、被害者の方が適正な時期に適正な検査を受けているか否か、途切れなく通院を続けているか否か等のわずかな事情の差異によって、認められる等級が異なり得ます。
現実の後遺障害に見合った適正な等級認定を受けて、適正な賠償金を得るためにも、以下に記載した注意点を念頭に置く必要があるといえます。
14級の認定を受けるために
14級の認定基準は、「局部に神経症状を残すもの」とされていますが、具体的には、「症状が、神経学的検査所見や画像所見などから証明することはできないが、受傷時の状態や治療の経過などから連続性・一貫性が認められ、説明可能な症状であり、単なる故意の誇張ではないと医学的に推定されるもの」が該当するとされています。
具体的な要件
1 事故態様が相当程度のものであること
2 事故当初から通院を継続していること
3 症状が連続・一貫していること
(4 自覚症状とある程度整合する他覚的所見)
詳細
1 事故態様が相当程度のものであること
車体を擦った程度の場合や非常に低速度で衝突されたような場合は、症状が残ったとしても、後遺障害が否定される場合があります。
事故態様が相当であったことは、車両の損傷状況から推測できますので、事故時の車両の状態を写真で撮影して残しておく必要があります。
2 事故当初から通院を継続していること
事故当日ないし遅くとも翌日から、症状固定(治療を続けてもこれ以上症状の改善が望めない状態)の時期まで、医師の指示に基づき週2回程度以上の頻度で通院を継続していることが望ましいです。
事故から1週間以上後に通院を開始した場合には、事故との因果関係が問題となり、後遺障害が否定される場合があります。
通院回数が2週間に1度程度の場合、「症状が軽微だから、通院も少ないのだろう」と判断されて、後遺障害が否定されることがあります。
整形外科が非常に混雑しているために、整骨院や接骨院だけに通われて、治療の途中から医師の治療を受けない方も散見されますが、この場合もやはり、「症状が軽微だから、医師の治療を受けないのだろう」と判断されて、後遺障害が否定されることがありますので、注意が必要です。
3 症状が当初から連続・一貫していること
頸部痛であれば、初診時から症状固定の時期まで、一貫してカルテに「頸部痛」の記載があることが望ましいです。
途中で、頸部痛が治ったとの記載がある場合や、通院開始してから数週間後に初めて「頸部痛」と記載されたような場合は、後遺障害が否定される可能性が高いです。
初診時には、一番強い痛みの部位だけ、医師に伝えてしまい、それ以外の部位の症状がカルテに記載されていないということが散見されます。その後、一番強い痛みが軽減するにつれて、他の部位の痛みに気付くようになり、通院途中からカルテに他の症状が記載されることも少なくありませんが、基本的にカルテに書いてない症状は、存在しなかったものとして扱われます。一番強い痛みだけでなく、自分の身体の中で、痛みが生じている箇所をできるだけ全て、正確に医師に伝えて、カルテに記載してもらう必要があります。
「気圧の変化により痛みが生じる」等の記載を見ることもありますが、14級の後遺障害に該当する痛みは、基本的に常時のものである必要があります。事実、気圧が変化した場合だけ痛みが生じるのであれば、それは後遺障害に該当しない方向で仕方がないのですが、そうではなくて、普段から常に痛みはあるけれども、気圧が変化した場合には、痛みが特に強まるということであれば、医師に丁寧に説明して、「気圧の変化により痛みが増強」等、正確にカルテに記載してもらう必要があります。
(4 自覚症状とある程度整合する他覚的所見)
14級は、12級と異なり、自覚症状のみでも、認定される可能性がありますが、自覚症状とある程度整合する他覚的所見が存在すると、より認定されやすい傾向が見受けられます。
ここでいう他覚的所見とは、MRI等の画像所見や神経学的検査の結果を意味します。
むちうちにおいては、MRI画像で、自覚症状に合致する神経根の明確な圧迫所見までいかなくとも、その部位の椎間板の膨隆所見が認められる場合や、ジャクソンテストやスパーリングテスト、深部腱反射等の神経学的検査で一部に所見が認められる場合には、自覚症状と他覚所見がある程度整合しているといえますので、後遺障害等級がより認定されやすい傾向にあります。
なお、後述致しますが、12級の場合は、自覚症状と他覚的所見がほぼ完全に整合している必要があります。
注意すべき点
〇医師に症状を正確に伝えること
疼痛に関しては、常時、生じていることが、認定要件となっています。
したがいまして、後遺障害診断書の自覚症状に、「気圧の変化により痛みが生じる」とか「長時間立ちっぱなしの時に痛みが生じる」というような記載があれば、一時的に痛みが生じるということになりますので、14級が認定されることは困難となります。
事実、通常は痛みがなくて、気圧が変化した時や長時間立ちっぱなしの時にだけ、痛みが生ずるというのであれば、それは非該当でもやむを得ないということになるのですが、被害者の方のお話を詳細に聞いていると、一番多いのは、普段から常時痛みは有るけれども、気圧が変化した時や長時間立ちっぱなしの時には、その痛みがより強くなるというケースです。
医師に正確に症状を伝えて、正確にカルテに記載してもらう必要があります。
12級の認定を受けるために
12級の認定基準は、「局部に頑固な神経症状を残すもの」とされていますが、具体的には、「症状が、神経学的検査所見や画像所見などの他覚的所見により、医学的に証明しうるもの」が該当するとされています。
症状を他覚的所見によって医学的に証明できることを要求している点で、自覚症状のみでも認められうる14級と大きく異なっています。
要件の概要
14級の1~3の要件に加えて
4 自覚症状と完全に整合する他覚的所見
(5 他覚所見から外傷性であると認められること)
詳細
4 自覚症状と完全に整合する他覚的所見
ここでいう他覚的所見とは、MRI等の画像所見や神経学的検査の結果を意味します。
12級においては、MRI等の画像にて、自覚症状と整合する部位に明確に所見が認められることが必要となります。
さらに、神経学的検査の結果についても、画像所見上、圧迫されていることが確認できる神経の支配領域と整合する必要があります。整合する神経学的異常所見が認められた場合であっても、同時に異なる領域にも神経学的異常所見が認められる場合には、完全に整合するとはいえませんので、12級は否定されて、14級とされる傾向があります。
12級が認定されるには、自覚症状と画像所見、神経学的所見が過不足なくほぼ完全に整合する必要があるのです。
(5 他覚的所見から外傷性であると認められること)
事故直後に撮影されたMRI画像においては、出血痕が映ることがあり、それにより外傷性が基礎付けられることがあります。
外傷性で有ることが画像所見等から明確に確認できれば、12級と認定される可能性が高まります。ただし、画像所見等から明確に確認できない場合でも、現実に12級と認定されている場合もありますので、必須の要件とは言い切れません。
注意すべき点
〇事故直後にMRI等の画像を撮影すること
事故直後の画像には外傷性を基礎付ける所見が認められる場合がありますので、事故後なるべく早い段階で、MRI等の画像を撮影する必要があります。
〇神経学的検査は種類を絞って、正確に行ってもらうこと
神経学的検査は、沢山の種類があり、受ければ受けるほど、より正確に所見を把握できるともいえます。
しかし、その種類の多さゆえに、整形外科の医師であっても、全てに精通しているとは言い切れないのが現状です。多くの種類の神経学的検査を受けたものの、必ずしも正確でない方法によって、画像所見と一致しない部分にまで所見が認められるということになると、12級が認定されることは難しくなります。
そこで、神経学的検査は、自賠責保険が重視しているとされる一般的なものに絞って、行ってもらうことが重要です。ごく一般的な神経学的検査であれば、通常、検査結果は正確なものとなります。
非該当となる場合
事故態様が軽微な場合
1 軽く擦った程度の事故
車体を軽く擦った程度の事故の場合、後遺障害が残るほどの傷病を負うことは考えがたいですので、非該当となる可能性が高いです。
2 ドアミラー同士が衝突しただけの事故
ドアミラー同士が衝突しただけで、車両本体には何らの損傷もない場合には、後遺障害が残るほどの傷病を負うことは考えがたいですので、非該当となる可能性が高いです。
治療経過が通常と異なる場合
1 事故後、時間が経ってから通院を開始している場合
事故から、初診まで、1週間以上の時間が経過していると、事故と症状との因果関係が曖昧なものとなりますので、非該当となる可能性が高まります。
したがいまして、少しでも体に変調を感じたのであれば、事故当日か遅くとも翌日には通院されることをお勧め致します。
2 通院を中断している場合
通院の途中で、通院を止めてしまい、数週間以上、期間を開けてしまうと、その時点で症状が治癒したため通院を止めたと考えられるため、非該当になる可能性が高くなります。
現実には、症状が重いが故に、通院するのが辛くて通院できなかったというケースも有り得ますが、そういった個別具体的な事情は、少なくとも自賠責保険の認定においては認められ難いので、注意が必要です。
3 数ヶ月経ってから症状が増悪している場合
むちうちの場合、通常、事故直後から2~3日以内が最も症状が重く、そこから徐々に改善していくという経過を辿ります。したがいまして、事故後、通院を継続していたが、数か月経過してから、症状が悪化したような場合には、事故との因果関係が認められがたく、非該当になる可能性が高くなります。
症状が軽微な場合
疼痛に関しては、常時、生じていることが、認定要件となっています。
したがいまして、気圧の変化により痛みが生じる場合や長時間立ちっぱなしの時に痛みが生じる場合は、常時の疼痛ではありませんので、非該当になる可能性が高いです。
裁判を通じて、12級ないし14級を獲得するために
自賠責保険に対する申請で、12級ないし14級の認定を受けられない場合、まずは、自賠責保険に異議申し立てを行い、再度精査してもらうことが考えられます。
異議申し立てをしても、適正な等級が認定されない場合には、自賠責保険・共済紛争処理機構に調停を申し立てます。
それでも認められなければ、訴訟提起をして、裁判を通じて、適正な後遺障害の認定を求めていくこととなります。
裁判で12級ないし14級が認められるポイント
裁判においても、基本的には、自賠責保険が重視する要素を主張していくこととなりますが、裁判においては、さらに被害者ごとの個別具体的な事情をも踏まえた主張をしていく必要があります。
すなわち、自賠責保険が重視するポイントは基本的に純粋な医学的事項に偏重しているわけですが、裁判においては、個々の被害者の事故後の就労状況、症状固定後の治療状況、日常生活の状況等の個別的な事情をも主張していく必要が出てきます。
裁判において、主張していくべき個別的な事情としては以下の内容が考えられます。
事故後の収入の減少
後遺障害が残っている場合、事故後に収入が減少するのが通常です。
あえて、意図的に収入を減らす行動を取る人は、通常いませんので、収入が減少していれば、何らかの心身の不具合が継続的に生じていることが推測されて、裁判においては後遺障害が認められる方向に働きます。
事故後の退職・退学
後遺障害の影響により、事故前の仕事に復帰したものの辞めざるを得なくなることは少なくありません。学校についても退学せざるを得なくなることも少なくありません。
何らの理由もなく退職や退学といった行動を取る人は通常いませんので、事故後に退職や退学をしていれば、何らかの心身の不具合が継続的に生じていることが推測されて、裁判においては後遺障害が認められる方向に働きます。
症状固定後の通院治療
事故後、医師に症状固定(治療を続けてもこれ以上症状の改善が認められない状態)と診断された後、基本的に保険会社が治療費を負担することはありません。
したがって、症状固定後は通院しないのが通常です。
そうであるにも関わらず、自分の健康保険を使って自己負担で通院を継続していたような場合は、何らかの症状が残り続けていると考えられますので、裁判においては後遺障害が認められる方向に働きます。
画像所見と後遺障害との関係
自賠責保険において、12級が認定されるには、画像所見において外傷性であることが裏付けられることが重要となってきます。
裁判においても、画像所見にて外傷性であることが裏付けられることは重要ですが、裁判においては、自賠責保険よりも広範な事情を判断の基礎とするため、経年性ないし加齢性の変化が元々存在していたとしても、そこに事故の衝撃が加わったことにより、症状が初めて発症したとして、12級が認定されることがあります。
医師の意見書により、元々存在していた経年性ないし加齢性の変化に事故の衝撃が加わったことによって、事故後、初めて症状が発症したとの医学的判断がなされれば、裁判所に認定される可能性が出てくるといえます。
裁判において簡単に認められるとはいえませんが、経年性ないし加齢性の変化が元々存在していたとしても、直ちにそれで、12級の認定が否定されるわけではないということには注意が必要です。