懲罰的損害賠償とは、加害行為の悪質性や反社会性が高い場合に、将来の同様の行為を抑止する目的で、実際の損害の賠償を上回る賠償額を課すことをいいます。
アメリカやイギリスでは採用されていますが、日本では採用されていないとされています。
日本の不法行為法における損害賠償の目的は、不法行為によって生じた損害を塡補することであるとされていて、不法行為を行ったものに対する制裁や、不法行為の抑止は、刑事法や行政法の目的であると考えられています。
実際、制裁的な慰謝料を求めた京都地裁平成19年10月9日判決の事案では、明確に排斥されています。
【事案の概要】
大型商業施設内の駐車場にて、8歳の男児が、加害者の前方不注意により加害車両に衝突され轢過されて亡くなられたという事案です。
加害者は、速度超過、整備不良運転の罰金前科を有していたほか、赤信号無視等の交通違反歴が12件あり、過去2回の運転免許停止処分を受け、事故当時は3回目の運転免許停止中でした。
被害男児のご両親らは、制裁的慰謝料の請求を求めていました。
【裁判所の判断】
「原告らが主張するところは、原告らが実際に被った損害以上の賠償(いわゆる懲罰的損害賠償)が認められるべきというものである。しかしながら、不法行為に基づく損害賠償制度は、被害者に生じた現実の損害を金銭的に評価し、加害者にこれを賠償させることにより、被害者が被った不利益を補てんして、不法行為がなかったときの状態に回復させることを目的とするものであり(最高裁大法廷平成5年3月24日判決・民集47巻4号3039頁参照)、加害者に対する制裁や、将来における同様の行為の抑止、すなわち一般予防を目的とするものではなく、加害者に対して損害賠償義務を課することによって、結果的に加害者に対する制裁ないし一般予防の効果を生ずることがあるとしても、それは被害者が被った不利益を回復するために加害者に対し損害賠償義務を負わせたことの反射的、副次的な効果にすぎず、加害者に対する制裁及び一般予防を本来的な目的とする懲罰的損害賠償の制度とは本質的に異なるというべきである。したがって、不法行為の当事者間において、被害者が加害者から、実際に生じた損害の賠償に加えて、制裁及び一般予防を目的とする賠償金の支払を受け得るとすることは、上記の不法行為に基づく損害賠償制度の基本原則ないし基本理念と相いれないものであるから(最高裁第二小法廷平成9年7月11日判決・民集51巻6号2573頁参照)、懲罰的損害賠償を認めることはできないものといわざるを得ず、原告らの主張を採用することはできない。」
加害者の前科、前歴、結果の重大性を考慮すると、かなり酷い事案といえますが、原則どおり否定されています。
しかしながら、懲罰的損害賠償を認めた裁判例も存在します。
京都地裁平成元年2月27日判決です。
【事案の概要】
マンション建設に際して、施工業者と建設に反対する近隣住民とが再三交渉を重ねた結果、作業時間等について、合意がなされたにもかかわらず、施工業者が故意に、合意に違反して工事を行ったという事案です。
【裁判所の判断】
「右認定のように故意による債務不履行の場合には、懲罰的ないし制裁的性質を有する慰藉料の支払義務を科することができるものと考える。
わが民法においても、米法上いわれているのと同様に、当事者は予見可能な損害さえ賠償すれば契約を破り、経済的合理的計算により他の契約と乗り換えることもでき、いわば、契約を破る自由なるものが認められてよい場合があるが、これは損害賠償の負担を前提としていえることであり、しかも、通常の商品売買などの取引的契約の違反についていい得るものであるから、前認定のように原告らが苦心と努力の結果、建築工事に伴う騒音等による精神的苦痛を防止する目的で成立した本件和解条項に違反する行為を故意に敢えて行なった本件では、それ自体違法な行為であるから予見される具体的な騒音等による財産的損害、精神的損害が立証されない場合でも、なお、債務不履行ないし契約違反自体による精神的苦痛に対し、その違反の懲罰的ないし制裁的な慰藉料の賠償を命ずるのが相当である。」
裁判所は、「懲罰的ないし制裁的な慰謝料の賠償を命ずるのが相当」と明言しています。
地裁の裁判例が1つあるからといって、直ちに交通事故事案にも援用できるかといえば、そんなに簡単な話ではありません。
しかしながら、故意による債務不履行事案とはいえ、懲罰的ないし制裁的な慰謝料を認めた裁判例が存在すること自体、大きな意義があるといえます。
弁護士 丹羽 錬