夫が運転する車の助手席に妻が同乗していた際に、加害車両と衝突する事故が発生する場合があります。
信号機の設置された交差点で、被害車両が直進、加害車両が右折であれば、一般的には、被害車両:加害車両=20:80の過失割合で整理されています。
このような場合、運転手である夫:加害者=20:80の過失割合で問題がないことが多いです。
では、妻の過失についてはどのように取り扱われているでしょうか。
妻は運転に関与してないわけですから、本来的には過失はゼロです。
ただ、加害者の保険会社は、夫婦の場合には「被害者側の過失」を主張して、夫と同じく、妻に対しても、妻:加害者=20:80と主張してくることが多いです。
「被害者側の過失」については、最高裁で考え方が一応確立されてしまっていますので、少なくとも夫婦に関しては、是認せざるを得ない状況にあります。
そうすると、妻についても、損害の2割が過失相殺されてしまいそうに思われます。
このような場合、妻としては、2割の過失相殺を甘受しなければならないのでしょうか
この点については、自賠責保険を上手く活用することで、妻の損害を100%回収しうる方策があります。
妻は、本件のような事故状況の場合、加害者の自賠責保険と夫の自賠責保険の2つの自賠責保険に損害を請求できることが多いです(運行供用者の問題で、夫の自賠責保険に請求できない場合も考えられます。)。
加害者の自賠責保険から受領した保険金は、当然、過失相殺後の加害者の負うべき損害賠償債務に充当されます。
では、妻が夫の自賠責保険から受領した保険金はどのような取り扱いになるでしょうか。
この問題について、以下のとおり、明確に判示した裁判例がございます。
名古屋地判平成27年6月22日
以下のとおり、妻の過失分に先行して充当すると判示しています。
「なお、乙9によれば原告X2は、原告X1の加入する自賠責保険から治療費として17万7180円、原告X3は1万1900円の支給をそれぞれ受けているところ、本件訴訟における被告の訴訟活動を弁論の全趣旨として考慮すると、被告は、これらを既払金として充当すべきものと主張していると解される。
ここで、自賠責保険金は被保険者の損害賠償債務の負担による損害を填補するためのものであり、共同不法行為者間の求償関係においては被保険者の負担部分に充当されるべきであると解される(最高裁平成15年7月11日第二小法廷判決参照)。
本件事故は、原告X2及び原告X3の関係では、原告X1と被告の過失が競合して生じたものであり、本来的には、原告X1と被告の共同不法行為ともいうべきところ、原告X2及び原告X3の損害額を定めるに当たり原告X1の過失を過失相殺において考慮したのは、共同不法行為者間の求償を避けるという観点も加味してのものであり、実質的には、被告は、被害者側の過失を考慮することにより、原告X1との関係では自らの負担部分についてのみを原告X2及び原告X3に対して負担した形となっている。
そうすると、上記の給付金は、本件においては、被害者側の過失割合に相当する部分の損害に先行的に充当されるものと解すべきである。実質的に見ても、被害者側の過失を考慮した上で、被害者側の負担でなされた給付金を被告が支払うべき損害から控除するのは、被告に二重の利得を生じさせる結果となって相当でない。
別紙「損害額一覧表」記載のとおり、本件において、過失相殺がなされる前の原告X2及び原告X3の損害額及び過失割合を踏まえると、上記の給付金について、原告X2及び原告X3が、被告に対し請求し得る部分に充当すべきものはない。」
※X1が原告車両の運転者、X2及びX3は同乗者
X1とX2は夫婦
X3は、X1とX2の子
被害者側の出損(自賠責保険料)により支払われる自賠責保険金ですので、当然、被害者である妻の過失に先行して充当されるという結論が、常識に合致しています。
名古屋地判平成27年6月22日は、地裁判決ですので、最高裁まで争われると結論が変更される恐れがないとはいえませんが、至極、常識的な結論ですので、変更される可能性は低いように思われます。
むしろ、被害者側の自賠責保険料により支払われた保険金を、加害者の負うべき損害に先行して充当する方が、常識に反する結論と思われます。
本件のようなケースについて
したがいまして、少し手間が掛かるのですが、本件のようなケースで加害者側の保険会社が「被害者側の過失」を主張してきた場合には、運転手である夫の自賠責保険に保険金を請求できないか検討する必要があります。
運行供用者の問題等をクリアして夫の自賠責保険に請求できる場合は、そちらを先行して受領して、妻の過失分を埋めてしまうことが得策です。
そうすれば、運転手である夫に過失があるケースでも、妻が100%の損害の補填を受けることができる可能性が出てきます。
加害者側の保険会社は、「被害者側の過失」を主張して、過失相殺をしておきながら、さらに運転手である夫の自賠責保険から受領した保険金について、当然のように過失相殺後の損害から既払い金として控除する旨の主張をしてくることが多いです。
しかし、そのような考え方は、少なくとも名古屋地判平成27年6月22日によれば、誤っています。
そのような場合には、名古屋地判平成27年6月22日を引用して、保険会社の考え方を正していく必要があります。
加害者側の保険会社が応じないようであれば、訴訟提起に踏み切るべきケースといえます。
損害自体が大きくないケースであれば、それほど大きな差は出ない可能性がありますが、重度の後遺障害が認定されているケースでは、受領できる金額に大きな差がでる可能性があります。
若干、難しい話ではありますが、加害者の保険会社から、同乗者が「被害者側の過失」を主張された場合には、応用できる考え方ではあります。
類似ケースでお悩みの場合は、お気軽にご相談下さい。
弁護士 丹羽 錬