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東京地裁平成24年12月18日判決-自賠責非該当にも関わらず、高次脳機能障害を認定した裁判例-

 東京地裁平成24年12月18日判決は、自賠責において高次脳機能障害については非該当と判断されたにも関わらず、高次脳機能障害を認定した裁判例です。
ただし、ふらつき、めまいについては、自賠責において12級13号が認定されていました。
 

事案の概要

事故態様は、誤って右折専用車線の第4車線に進入してしまった加害車両が、直進車線である第3車線に車線変更しようとしたところ、相当程度の速度で第3車線を直進してきた被害車両が加害車両の左側面に衝突して、左前方に転倒して、約33.2m滑走して、道路左脇の歩道上に停止したという内容です。
 
被害者は、事故から約26分後に病院に救急搬送されて、意識はありましたが、事故の記憶がないなどの健忘の症状がみられ、翌日においても意識が完全には清明でない状態が続きました。
 
被害者は、事故前には大工として稼働していましたが、事故後は知人経営の総菜店で皿洗い等を手伝うことしかできない状態に陥りました。
 
裁判所は、被害者が事故により高次脳機能障害を負ったと判断し、後遺障害等級5級2号に該当すると認定しました。
 

認定のポイント

事故の衝撃

事故態様は、相当程度の速度で直進してきた被害車両が加害車両の左側面に衝突して、その衝撃で被害車両は左前方に転倒し、約33.2m滑走して、道路左脇の歩道上にようやく停止したというものでした。
被害者が事故時に相当程度に大きな衝撃を受けていたことが容易に推測される事故態様です。
 

画像所見

平成18年11月18日 本件事故発生
平成18年11月18日  頭部X線画像 右側頭部に線状骨折
平成18年11月18日  頭部CT画像 左側頭葉先端部に出血を疑わせる所見
平成18年11月27日 頭部MRI画像 左前頭葉底部外側及び左側頭葉先端部にそれぞれ2センチ大の脳挫傷痕
平成19年 4月20日 頭部MRI画像 左側頭葉先端部に脳挫傷痕、平成18年11月27日と比較して軽度の脳室拡大
平成20年 1月31日 頭部CT画像 左側頭葉先端部に、脳挫傷痕及び脳萎縮
平成20年 2月 1日 PET検査 右視床、両側小脳半球における局所糖代謝低下、両側小脳半球における糖代謝の低下部位は広範囲に渡っていた

平成20年 2月 1日  SPECT検査 左側頭葉底部、両側前頭前野内側面、両側小脳半球などで脳血流の低下
平成21年 7月14日 頭部CT画像 平成18年11月18日と比較して軽度の脳室拡大
 
事故後の8回の検査において、線状骨折、左側頭葉の脳挫傷痕及び脳萎縮、脳室拡大等、高次脳機能障害の発症を示唆する所見が認められています。
さらに、PETやSPECTにおいても、脳の機能低下を裏付ける所見が認められています。
 

 意識障害

事故から26分後に病院に救急搬送されて、その時点では事故の記憶がないなどの健忘の症状がみられました。
翌日においても、意識が完全には清明でない状態が続き、事故から2日後にようやく意識が清明となる状態でした。
 
自賠責の定める意識障害の基準を前提とすると、軽微な印象を受けますが、裁判所は、この状態について、自賠責の定める意識障害の基準は指標の1つに過ぎない、受傷直後の意識障害が軽度であった事例でも、19%の症例において中程度の障害が1年度において残存したとの調査結果があるとして、被害者が本件事故により、高次脳機能障害を負わなかったということはできないと認定しています。
 

症状

被害者は、事故前には大工として稼働していましたが、事故後は知人経営の総菜店で皿洗い等を手伝うことしかできない状態に陥りました。
 
事故後に実施された長谷川式簡易知能評価の結果は18/30(該当年齢平均30点)、WAIS-Ⅲの結果は全検査IQ58(該当年齢平均100)、言語性IQ61、動作性IQ61であり、該当年齢平均と比較すると、大きく下回る神経心理学的検査の結果が認められました。
 
裁判所で実施された被害者本人の尋問においても、発語が緩慢、個々の供述が概ね1語の主語・目的語・動詞のみで構成されている、尋問当日の暦年を間違える、妻の年齢が分からない、妹の結婚の有無について間違える、病識がない等の事実が確認されています。
 

医師の診断

被害者を診察した3名の医師が、本件事故による高次脳機能障害と診断されています。
相手方が提出したと思われる1名の医師の意見書では、何らかの内因性疾患や心因性反応等を発症したことが疑われるとして、本件事故による高次脳機能障害が否定されていますが、裁判所は、この否定する医師の意見を前提としても、被害者を高次脳機能障害と診断した3名の医師の診断が誤っているとはいえないと判断しています。
 

コメント

本件において、高次脳機能障害が肯定されたポイントは以下のとおりと考えることができます。
①画像においては一貫して高次脳機能障害を示唆する所見が認められたこと
②3名の医師が高次脳機能障害と診断していること
③事故後、現実に大工ができなくなる等の変化が認められること
④裁判所で実施された尋問において、高次脳機能障害を示唆する応答が認められたこと
 
特に、④がポイントであったと考えられます。
高次脳機能障害を発症した方でも、裁判所で実施されるわずか1時間程度の尋問では、高次脳機能障害を示唆する応答がほとんどみられないことも、十分にあり得ます。
本件では、本人尋問において、発語が緩慢、個々の供述が概ね1語の主語・目的語・動詞のみで構成されている、尋問当日の暦年を間違える、妻の年齢が分からない、妹の結婚の有無について間違える、病識がない等の事実が確認できたとのことですので、裁判所は本人尋問で、被害者が高次脳機能障害を発症していると確認したと推測されます。
 
本裁判例は、CT、MRIで所見が認められているものの、自賠責保険が高次脳機能障害を認めなかった事例です。
 
本裁判例からは、自賠責保険で高次脳機能障害と認定されないからといって諦めるのではなく、複数の医師の診断を仰ぎ、事故前後の症状の変化を相当程度立証できるか等を検討して、訴訟に踏み切ることが重要であるということが分かります。