後縦靱帯の骨化を理由に素因減額を認めた裁判例-最判平成8年10月29日-
2015/04/23
後縦靱帯の骨化を理由として30%の素因減額を認めた裁判例です。
事案を正確に理解するために、第一審から確認していきます。
第一審-大阪地判平成2年5月11日-
大阪地裁は、事故の2日後に撮影されたレントゲン画像において、第三頸椎から第六頸椎に後縦靱帯の骨化が認められるとして、被害者の症状は、後縦靱帯の骨化により脊髄が圧迫を受けて麻痺を起こしやすい状態になっていたところに衝撃が加わって発症したと認定しました。
しかしながら、
①被害者が後縦靱帯骨化という身体的素因を保有するに至った事情に責められるべき点がない
②本件事故前、症状は発現しておらず、健康に働いていた
③軽微とはいえない衝撃が頚部に加わり、症状が出てきた
として、後縦靱帯骨化症を原因とする素因減額は認めませんでした。
(ただし、心因的要因を理由として、2割の素因減額をしています。)
控訴審-大阪高判平成5年5月27日-
大阪高裁は、以下のとおり、理由付けを補充して、大阪地裁の判断を支持し、素因減額を否定しました。
①本件事故前、頸椎後縦靭帯骨化症に伴う症状は何ら発現しておらず健康な日々を送っていた
②頸椎後縦靭帯骨化症は、発症の原因も判らないいわゆる難病の一種であるが、近年、特に本邦においては決して稀ではない疾患である
③被害者が後縦靱帯骨化症に罹患するについて何ら責められるべき点はない
④本件事故により頸部に与えた衝撃は決して軽いものではない
⑤腰痛症や老化からくる腰椎や頸椎の変性等何らかの損害拡大の素因を有しながら社会生活を営んでいる者は多数存在している
ただ、判断の前提として、被害者が本件事故前から頸椎後縦靭帯骨化症に罹患していたことが、治療の長期化や後遺障害の程度に大きく寄与していることは明白であると認定しています。
この認定が、最高裁で判断を変更される原因になったと思われます。
最高裁-最判平成8年10月29日-
最高裁は、
「本件において被上告人の罹患していた疾患が被上告人の治療の長期化や後遺障害の程度に大きく寄与していることが明白であるというのであるから、たとい本件交通事故前に右疾患に伴う症状が発現しておらず、右疾患が難病であり、右疾患に罹患するにつき被上告人の責めに帰すべき事由がなく、本件交通事故により被上告人が被った衝撃の程度が強く、損害拡大の素因を有しながら社会生活を営んでいる者が多いとしても、これらの事実により直ちに上告人らに損害の全部を賠償させるのが公平を失するときに当たらないとはいえず、損害の額を定めるに当たり右疾患を斟酌すべきものではないということはできない。」として、大阪高裁の判断を破棄しました。
差戻控訴審-大阪高判平成9年4月30日-
最高裁の破棄を受けて、大阪高裁は、損害の額を定めるに当たり後縦靱帯骨化症を斟酌すべきものでないということはできず、本件事情に鑑みると、被害者に生じた損害に対する後縦靱帯骨化症の寄与度は3割とみるのが相当である等として、30%の素因減額をしました。
まとめ
事故発生時に後縦靱帯の骨化が存在していた場合、仮に、事故前に何らの症状も存在しなかった場合であっても、素因減額され得るという意味で、後縦靱帯骨化の身体的素因を有する被害者にとっては、厳しい判断といえます。
ただ、最終的に、30%の素因減額との判断がなされましたが、判決文上は、なぜ、素因減額の割合が10%でも50%でもなく、30%と判断されたのかは見えてきません。
脊柱管の狭窄率などが具体的に検討されている様子も窺えません。
そういう意味では、後縦靱帯骨化による素因減額が争点となった際、具体的な素因減額率を定める基準にはなりにくい裁判例といえます。
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