そのため、交通事故により高次脳機能障害を発症した場合には、様々な問題が発生しています。
以下、具体的に記載しましたので、ご確認下さい。
高次脳機能障害は見逃されやすい障害
高次脳機能障害とは、交通事故等により頭部に衝撃が加わったことにより、脳の内部に損傷が生じて、記憶障害、注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害などの症状を発症する病気です。
本人に病気の認識がないことが特徴の1つと言われています。
脳の内部の損傷が原因ですので、骨折などと異なり、一見すると全く普通に見えてしまうことから、見逃されやすいという問題があります。
各症状の具体例は、以下のとおりですので、ご自身、又は交通事故に遭われたご家族に類似する症状が認められないか、チェックしてみてください。
記憶障害
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ガスを消し忘れる、薬を飲んだことを忘れる、記憶が残らないため何でもメモを取るようになった、以前に購入したことを忘れて何度も同じものを買ってくる
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注意障害
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気が散りやすい、赤信号に気付かずに横断歩道を渡る、何かを始めても途中で何をしていたのか分からなくなる
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遂行機能障害
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行動を計画して実行できない、仕事の段取りが一切立てられなくなった、料理ができなくなった、部屋の整頓ができなくなった
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社会的行動障害
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突然怒り出し激しく怒鳴る、突然泣き出す、感情がコントロールできなくなり周囲の人とトラブルが頻発する、暴言・暴行を振るう、幼児のような言動がみられる、意欲が全くない
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少しずつ、社会的にも認知されてきてはいますが、まだまだ、一般的に誰もが知っている病気とはいえません。
異常に怒りっぽくなったり、1つのことに尋常でないくらい執着するようになったり、子供のようになってしまったりといった症状が交通事故によるものであるということ自体、まだまだ十分に認識されていないのです。
その上、上肢や下肢の複数個所の骨折など、身体的な損傷が重度な場合、医師ですら、身体的損傷ばかりに気を取られてしまい、高次脳機能障害特有の症状に気付けないことも少なくありません。
また、そうでない場合であっても、事故時に1人暮らしをされている方の場合、見逃されやすいといえます。
同居の家族が居れば、事故後、本人の様子が変わってしまったことから、気付くこともあるのですが、1人暮らしの場合、そもそも病気の認識がないことが、1つの特徴の病態ですので、自ら気付くことは極めて困難なのです。
1人暮らしをされている方は、職場では、様々な問題を起こして、事故前と同じように就労することができなくなり、最終的に退職に至ることが多いのですが、職場の同僚は所詮、他人ですので、何か変わってしまったと思ってくれたとしても、深く立ち入って対応してくれることはまずありません。
それ故に、事故から時間が経過してから、法律事務所に相談にきて、弁護士から、高次脳機能障害の症状が疑われると指摘を受けて、脳神経外科で詳細な検査を受けて、初めて交通事故により高次脳機能障害を発症していたと気付かれるケースも少なくありません。
事故から、それほど間がないときであれば良いのですが、事故から数年経過しているようなケースでは、高次脳機能障害と分かっても、交通事故との因果関係の証明が極めて難しくなってくることがあります。
自賠責保険では、高次脳機能障害の後遺障害等級は、1級から9級と定められており、最低でも9級の認定となることから、高次脳機能障害と認定されるか否かは、賠償金の額に極めて大きな影響を与えます。
交通事故により頭部に外傷を負ったようなケースでは、前述の記憶障害、注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害といった高次脳機能障害の典型的な症状が見受けられないか、注意することが必要です。
高次脳機能障害は自賠責保険の認定が厳格であること
高次脳機能障害は、脳内の神経細胞の損傷により発症する病気ですが、現代医学において、脳内の神経細胞の損傷を直接確認する検査方法は、未だ確立されていません。
それ故に、自賠責保険では、現時点の医学において、ほぼ間違いなく脳内の神経細胞に損傷をきたしていると判断できる被害者に限り、高次脳機能障害と認定するというスタンスと採っています。
つまり、交通事故により高次脳機能障害を発症した被害者のうち、現代の医学でほぼ確実に脳内の損傷が確認できる被害者のみを救済して、残りの被害者については、眼を瞑らざるを得ないと判断しているのです。
そうである以上、被害者としては、確実に自賠責保険の定める要件に該当するように、適正な時期に適正な検査を受けて、適正かつ正確な審査書類を提出していく必要があります。
自賠責保険が重視しているとされる要件は以下の3点です。
ⅰ 脳の受傷を裏付ける画像所見
ⅱ 一定期間の意識障害
ⅲ 記憶障害、注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害等の具体的な症状
自賠責保険が損害調査を委嘱している損害保険料率算出機構が、交通事故による高次脳機能障害の認定の専門的な機関で有ることから、基本的には裁判所も上記3要件を重視しているのが実情です。
ⅰ 脳の受傷を裏付ける画像所見
CTないしMRIにより、
・急性期の画像で脳挫傷痕ないし点状出血痕の所見
・事故後、経時的に撮影した画像で脳室拡大・脳萎縮の所見
が認められるような場合には、自賠責保険の重視する要件を充足するといえます。
微細な外傷の診断においては、拡散強調画像(DWI)や磁化率強調画像(SWI)によるMRI撮影が有効とされていますので、早期にこれらのMRI撮影を受ける必要があります。
特に受傷から3~4週間以上が経過すると、微細な損傷所見は消失することがあるといわれていますので、受傷2~3日目の早期から検査を受ける必要性が高いといえます。
複数個所の骨折等の重度の外傷を併発している場合には、医師が骨折等の外傷の治療に気を取られてしまい、高次脳機能障害の可能性に気付かず、脳の画像を撮影しないことがありますので、注意が必要です。
厳密には、CTやMRIで直接、脳内の神経細胞の損傷を映し出すことはできず、出血痕や脳の縮小から間接的に脳内の神経細胞の損傷を推測しているにすぎませんので、高次脳機能障害を発症したとしても、必ずしも、CTやMRIに所見が出るわけではありません。
そこで、近時、CTやMRIに所見が認められなくとも、PET、SPECT、拡散テンソル等の検査の結果から、高次脳機能障害と診断される医師も少なくありません。
このような状況は、被害者側にとっては、大変ありがたいことであるのですが、現時点で、PET、SPECT、拡散テンソル等の画像のみで、自賠責保険の認定を受けることは極めて困難といわざるを得ません。
ⅱ 一定期間の意識障害
事故後、
・刺激しても目を開けない程度の重度の意識障害が6時間以上継続
・健忘症ないし軽度意識障害が1週間以上継続
が認められるような場合には、自賠責保険の重視する要件を充足するといえます。
重度の意識障害が6時間以上継続するような場合は、通常、医療記録に記載が残されていますので、問題が生じることは少ないのですが、軽度意識障害が1週間以上継続するような場合は、必ずしも、医療記録に記載が残されるとは限らないため注意が必要です。
特に、複数個所の骨折等の重度の外傷を併発している場合には、軽度の意識障害については、医師や看護師も見逃すことがないとはいえないのです。また、通常、交通事故で被害にあった方は、「自分は正常である」と思いたい気持ちが強く、医師の診察時などには必要以上に気を張って問題がない風を装いがちです。
それ故に、事故直後の意識状態について、ご家族の方が、何か違和感を感じるようなことがあれば、医師や看護師に直ちに伝える必要性が高いのです。
ⅲ 症状の発症
冒頭に記載した記憶障害、注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害の具体的な症状を発症して、右症状を裏付ける神経心理学的検査の結果が認められれば、自賠責保険が重視する要件を充足するといえます。
ただし、複数個所の骨折等の重度の外傷を併発している場合には、医師が右外傷の治療に気を取られてしまい、高次脳機能障害の症状に気付かないということがあるので、注意が必要です。
早期に高次脳機能障害に精通した脳神経外科等で、神経心理学的検査等の検査を受ける必要があります。
高次脳機能障害の症状が発症していたとしても、その証明ができなければ、裁判では認められません。事故から時間が経過してから検査を受けて、症状が確認できたとしても、裁判においては因果関係が否定されることもありますので、注意が必要です。
高次脳機能障害の具体的な症状をご家族が正確に把握すべきこと
前述のとおり、自賠責保険は、高次脳機能障害について厳格な基準を定めており、交通事故により高次脳機能障害を発症したとの認定を受けること自体に一定のハードルが存在します。
しかしながら、高次脳機能障害との認定を受けたとしても、具体的な等級について、適正な認定を受けなければ、適正な賠償を受けることはできません。
高次脳機能障害は、脳外傷を示唆する画像所見に現れた異常の程度と、実際の症状の程度が、必ずしも相関しないといわれており、画像所見の内容から、具体的な等級を認定することはできません。
そうなると、具体的な等級は、自賠責保険に提出される
1 医師作成の「神経系統の障害に関する医学的意見」
2 家族作成の「日常生活状況報告」
により認定されるのであり、右2つの書類の記載が極めて重要ということになります。
自賠責保険は、医師作成の「神経系統の障害に関する医学的意見」と家族作成の「日常生活状況報告」に基づいて、以下の基準のどこに当てはまるのかを判断して、等級を認定しています。
等級ごとの障害の内容の記載を読んでいただければ分かりますが、5級、7級、9級の違いというのは、極めて微妙であり、医師やご家族が被害者の症状を十分に認識・理解していなければ、容易に軽い等級に認定されかねないのです。
等級
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認定にあたっての基本的な考え方
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1級
(別表1)
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身体機能は残存しているが高度の痴呆があるために、生活維持に必要な身の回り動作に全面的介護を要するもの
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2級
(別表1)
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著しい判断力の低下や情動の不安定などがあって、1人で外出することができず、日常の生活範囲は自宅内に限定されている。身体動作的には排泄、食事などの活動を行うことができても、生命維持に必要な身辺動作に、家族からの声掛けや看視を欠かすことができないもの
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3級
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自宅周辺を1人で外出できるなど、日常の生活範囲は自宅に限定されていない。また声掛けや、介助なしでも日常の動作を行える。しかし記憶や注意力、新しいことを学習する能力、障害の自己認識、円滑な対人関係維持能力などに著しい障害があって、一般就労が全くできないか、困難なもの
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5級
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単純くり返し作業などに限定すれば、一般就労も可能。ただし新しい作業を学習できなかったり、環境が変わると作業を継続できなくなるなどの問題がある。このため一般人に比較して作業能力が著しく制限されており、就労の維持には、職場の理解と援助を欠かすことができないもの
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7級
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一般就労を維持できるが、作業の手順が悪い、約束を忘れる、ミスが多いなどのことから一般人と同等の作業を行うことができないもの
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9級
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一般就労を維持できるが、問題解決能力などに障害が残り、作業効率や作業持続力などに問題があるもの
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しかしながら、医師は、被害者が退院してしまえば、後は定期的な診察の際、短時間、話をするだけで、必ずしも詳細に被害者の高次脳機能障害の症状を理解してくれているとは限りません。
また、被害者と同居するご家族が居たとしても、高次脳機能障害の症状というのは多彩かつ複雑であり、通常の骨折等による症状とは全く異なることから、ご家族が正確に症状を全て把握することは、かなり難しいのが実情です。
特に、ご家族は、長期間、被害者と生活を共にしていくため、次第に被害者の症状に慣れてしまい、それが症状なのか、元々の気質によるものなのか、判断ができなくなってくることがあります。
また、高次脳機能障害の症状として、被害者自身が元々有していた特質がより先鋭化されることも少なくありません。そうなると、ご家族には、被害者自身の元々の特質なのか、それとも、高次脳機能障害の症状なのか、判断ができなくなります。
したがいまして、
医師に伝えるべき症状の内容や、家族の作成する「日常生活状況報告」の記載方法については、高次脳機能障害に精通した弁護士等の専門家のアドバイスが欠かせないといえます。
「日常生活状況報告」の記載に悩まれた方は、お気軽にご相談下さい。
自賠責保険において、高次脳機能障害と認定された被害者の方の具体的な等級ごとの割合は以下のとおりです。
割合としては、1級、7級、9級が若干多いですが、必ずしも低い等級に集中しているというわけではありません。つまり、どの被害者も3級や5級といった高い等級に該当している可能性が否定できないのです。
そして、仮に認定された等級が2級違えば、少なくとも数百万円、多ければ数千万円、最終的な賠償金の額が異なってきます。
等級
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平成21年実績
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1級
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739件(22.3%)
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2級
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437件(13.2%)
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3級
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401件(12.1%)
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5級
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426件(12.9%)
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7級
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614件(18.5%)
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9級
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696件(21.0%)
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合 計
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3,313件
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以上のとおり、高次脳機能障害と認定されたとしても、更に、具体的にどの等級に認定されるかが極めて重要な問題です。
すでに自賠責保険から、高次脳機能障害であるとして一定の等級が認定されているとしても、必ずしもその等級が適切なものとは限りません。
当事務所では、既に認定された等級が、被害者の症状に見合った適切なものであるのか否かという点から精査させて頂きます。
ご不安な点がございましたら、お気軽にご相談下さい。
高次脳機能障害の看視・介護
高次脳機能障害の被害者においては、身体介護の必要性が乏しい場合であっても、記憶障害、遂行機能障害、注意障害、社会的行動障害等の多彩な症状の影響により、日常生活において、看視・介護が必要な場合が少なくありません。
後遺障害等級1級と2級は、看視・介護が前提となっており、3級以下との大きな違いとなっています。
しかしながら、後遺障害等級3級以下の場合においても、前述の多彩な症状に対応するために、日常生活に看視・介護が必要な場合も少なくなく、裁判においても、一定額の看視・介護費用が認められることも珍しいことではありません。
看視・介護に要する費用は、以下のとおり、親族等の近親者による介護と職業付添人による介護により大きく異なります。
近親者による介護の場合 日額8000円程度
職業付添人による介護の場合 実費(日額1万8000円程度が目安ですが、日額2万円を超えるような裁判例もあります。)
裁判例で散見されるケースは、近親者による看視ないし介護が近親者が67歳になるまで続き、その後は職業付添人による看視ないし介護を前提として費用が算定されるというものです。
具体的な看視・介護の費用の算定方法は、以下のとおりです。
算定方法
介護費用日額×365日×介護期間に対応するライプニッツ係数
計算例
症状固定時30歳男性で、職業付添人介護の場合(平均余命50年)
1万8000円×365日×18.2559=1億1994万1263円
看視・介護の費用は、上記のとおり、1億円を超えるようなことも少なくなく、被害者の損害賠償額の大部分を占める結果となることもあります。
そのため、後遺障害等級1級や2級に認定された場合であっても、その内容・金額について、保険会社が強く争ってくることが少なくありません。
後遺障害等級3級や5級の場合には、保険会社は、通常、看視・介護の必要性はないと主張してきますので、裁判において、的確に主張・立証を行う必要があります。
現実の日常生活への影響等により、幅がありますが、近時は3級や5級と認定された被害者において、裁判で看視・介護が認められる場合、3級で日額3000円~5000円程度、5級で日額1000円~3000円程度の看視・介護費用が認定される傾向が見受けられます。3級や5級の場合、看視・介護費用が当然認められるというわけではありませんので、日常生活における障害の状況を裁判所に十分に理解してもらう必要があります。
そのためには、主治医の協力が不可欠であり、場合によっては、日常生活の状況をビデオ撮影して、証拠として提出することも必要になってきます。
高次脳機能障害で5級以上の等級が認定された場合、看視・介護の必要性が争点になることが多いですので、高次脳機能障害に造詣の深い弁護士に相談されることをお勧め致します。